IMG_1091いきなり怪しい!

紫外線が強烈になって、帽子とサングラスの出番ですが。
いや〜〜怪しさ200%増(当社比)です。
共謀罪容疑で職質とか受けそう。
気をつけましょう。

さて、英語だとバカになる話の続きです。

日本文化は日本語でなければ絶対に語れないのでは、と私は思っています。

よく言われるのが、たとえば日本語の「雨」についての表現の豊かさです。
イヌイットは、雪についての表現を52種類持っているそうですが、こういうことこそ民族の文化、あるいは民族性そのものの根源に繋がるものだと思います。
その文化を生み出した風土こそが言語を育むのです。
そして更にそれが、感性や論理的思考の礎となり、個人のアイデンティティを形成する力となります。
その集合体が民族性であり、お互いに犯すべからざるもの、リスペクトしあうべきものなんだと思います。

先日、英語の文章をコンピュータに分析させて、ベストセラーの秘密を解明するという本を読みました。
それ自体は話としてはなかなか面白かったのですが、いかんせん英語で書かれた英語の分析を翻訳された日本語で読む、という行為自体にそもそも無理があるというか、前提としているものが違うだろ、と感じました。

母国語をしっかり学べばいい。翻訳はクラウド任せでいい。
所詮、言語と文化の壁は、どうしても乗り越えられない部分があるんだと思いますから。
発音もいいよ。口腔の構造だって違うんだから。

そうそう、地下鉄とかで、英語のアナウンスが入りますよね。
あれって、どうしてあんな発音をするんだろう。
まるで自分が英語が出来ると勘違いしてる女子中学生みたいな感じ。

欧米語の最上級表現の中に、日本人が理解できないものがあります。
One of the Best~~というやつです。

「一番いいもののひとつ」
とか平気で訳してますけど。

そんなものは、日本語にはない!

ていうか多分精神構造の差みたいなものだから、これは理解できなくていいんだと思いますよ。

そしてこれは、相対評価と絶対評価、という命題に行き着きます。
いいか悪いかは、比較ではなく、もっと絶対的な価値のはずという考え方です。

幸せは、人と比べて幸せなのか。
自分より不幸な人がいれば、相対的に幸せなのか。
もっと極端な言い方をすれば、自分よりも不幸な人を作れば、自分は幸せになれるのか。

そうじゃなくって、大切なのはもっと絶対的な価値でしょ。
世界で一番幸せな男だ、自分がそう思ったら、そういうことなのです。
他人との比較ではないのです。

人生の相対評価は、やめましょうよ。
比較から解放されない限り、本当の満足と幸せには、たどり着かないと思います。

そこで私が今一番好きなフルーツ、マンゴーです。
タイ産、フィリピン産、メキシコ産と並んでおりますが。
こんなに買ってどうすんだよ。
って、私と妻がそれぞれに買ってきてしまった結果です。
でも、日本産の1/10の値段ですから。

クルミの入った自家製パンに、ゴルゴンゾーラやモッツァレラなんかと一緒に載っけていただきます。
これが今、一番のお気に入りです。
幸せになりますよ。

右半分は、これまた自家製のつぶあんを載せて。
これも、バタートーストに、押さえた甘さ。これまた一番好きです。

こんな具合に、一番好きなものは、実はその瞬間瞬間に、たくさんあるのです。
そしてそれは、決して「一番好きなモノのひとつ」ではないのです。

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