IMG_4183連日固い話ばかりですみません。

でも乗りかけた船ということで、おまけでもうひとつお付き合いください。

憲法27条1項には、勤労の権利を有し、義務を負うと書かれています。
働くことは国民の義務だけれど、同時に働くという個人の権利は国が守らなければならない、ということです。

いっぽう、働かない権利、という観点もあります。

例えば何らかの身体的あるいは精神的な条件等があって、その時点で働くことができないものに対して、それでも勤労は義務だと言い切るのか、というような。

繰り返しますが憲法は国が守る法律なので、憲法に記載されていても、個人に対しては罰則を含む強制力・拘束力はありません。
あくまでも倫理的な規定です。

ただ、そんな働けない人をそのまま受け入れられる柔らかい社会であることは、とても重要なことだと感じています。
当然倫理的に責められるようなことも許してはなりません。

ま、ニートをどうするか、という問題はたぶんまた別ですが。

しかしもうひとつ全く別の観点があります。

それは、働かなくても困らない人の権利も守るべし、という考え方です。
つまり、不労所得によって生計を立てる人の正統性、という概念です。

これは特権階級とその既得権を擁護する立場に極めて近い考え方だと思います。
すべてとは言いませんが、その多くが過去の収奪と、その結果としての階層化の産物です。

何度も言いますが、西欧型資本主義社会では、労働は苦役です。
これはアダムが知恵のりんごを食べてしまったために人類が背負ってしまった原罪なのです。

それに対して、旧来の日本型社会は、労働は共同体への参加による自己実現という側面を持っていました。
だから喜びであって、苦しみではなかったはずです。
これは、日本の誇りでもあるはずです。

日本会議に代表される勢力が掲げる「取り戻すべき日本」とは、大和民族2000年の歴史の中の、20世紀前半のごく短い数十年のことを指しています。
そんなもの、わが日本の文化でもなんでもないのに。

とりあえずこの項の結論としては、勤労の権利が守られること。
そういうことかなと私は思います。

データ
サッカーストライプのスタンドカラーシャツ:H&M
シルク・綿混のVネックセーター:UNIQLO
ダメージ加工のストレートブラックデニム:G.U.
グレーのスリッポンスニーカー:G.U.