IMG_2430たとえもあるぞ、というのは井伏鱒二の訳詩です。

あるさ、じゃないのか? というのが実はずっと謎だったんですが。

どうやら寺山修司が「ポケットに名言を」という本に引用するときに、たとえもあるさ、と表記したというのが真相のようです。
ていうか少なくともその本には、そう表記されてます。

まあ私としては、あるさ、というどこか突き放したような表現のほうが好きなんですけれどね。 

もともとの漢詩の意味は、別れ逝く友と酒を酌み交わしながら、いまこのひとときを大事にしよう、というような感じです。

でも日本語訳は、どちらかというとある種の運命的なものへの切ない思いというか、受け入れてそして前に進もうというような。

それが、さよならだけが人生だ、に集約されているように感じます。

いずれにしても、名訳ですよね。

だいいち、元の漢詩では、花は桜ではなくて梅だし。
梅はもっと質実剛健で、泥臭くも着実な感じかな。
桜のようなはかなさの美とは、たぶん異質なものです。

そんな桜の美は、新宿御苑を埋め尽くしていた中国人観光客には、多分共感不能な大和心なのかなぁと。
あ、これは決してレイシズム的な意味ではなく、民族や文化の違い、ということですので。
世界標準から言えば、間違いなく満開が一番、ということですから。
花は盛りに、月は隈なきを見るものですから。

さてそのおりからの雨に、満開の桜も散り始めます。
さくらふぶきまで、もうあとちょっと。

なんか今日は、やろうと思っていたことが、なにもできませんでした。
朝起きた時点ですでに、それどころじゃないことばかりの状況というか。
人生、自分の思い通りにはなかなかいかないものです。
自分の思いとはウラハラに。

まあ、そういう日もあるさ。
それでも、好いかな好いかなと受け入れる、そんな大きな心を持ちつづけていたいです。

さよならだけが人生なんだから。

データ
MA-1風ジャンパー:ニコルクラブ
グレー霜降りのカットソーパーカー:H&M
グレーのスリムフィットデニム:UNIQLO
薄茶と淡いグリーンのストール:不明
白いデッキシューズ:コンバース