IMG_1107石巻から女川へと向かう。

前回ここを訪れたのは、2012年の11月だった。
下が当時の写真。

高台から見下ろした女川の町は、すべてが流されて、地盤沈下で一面水浸し。
そして5階建てのビルが倒壊して、そのまま横倒しになっていた。

震災からすでに1年半を経過しているにもかかわらず、ほとんどがまだ全くの手つかず状態だった。

そして今回。更にまる3年が過ぎた。

昨年3月に鉄道も開通し、女川の駅もできた。
沈んだ地盤の上に8メートルほど盛り土をした駅前周辺はきれいに整備され、震災の資料館や地元産商品の売店などが建ち並ぶ。
立ち寄り温泉もできた。

一方で国道付近からより海に近い一帯はまだ工事が続いている。
私のすぐ後ろに映っている横倒しになった建物は交番跡で、これはこのまま公園として保存されるらしい。

女川は、町の作り自体が非常にコンパクトだったこともあるのだろう、他の地区と比べて計画的な復興が進んでいるように見える。
しかし、この一帯は住宅の建設は禁止されており、そこには日々の営み、人々の暮らしは戻っていないように見える。
人口も、震災前の1万人から7000人程度に減っている。

女川は、もともと漁業の町だ。

金華山沖漁場を臨み、かって全国有数のサンマの水揚げ港だった。
牡蠣やホタテの養殖もさかんだったと聞く。
漁獲量はかなり回復したものの、それを取り扱う水産加工業はまだこれからという状況のようだ。

そして敢えていうなら、この山の向こうに、女川原発がある。
あの日、高さ14メートルあまりの敷地に、13メートルの津波が来た。
そしてさ10メートルの敷地に14メートルの津波が来た福島と、明暗を分けた。

再稼働は現在、先送りされてはいる。
しかし恐らくは一度それを受け入れた自治体は、そのお金を抜きにしての存立自体が考えにくくなっているはずだ。

全国的ななし崩し的再稼働への動きのなかで、女川の町は、これからどういう選択をしていくのだろうか。

写真名

データ
革のダウンジャケット:All the Way
ツイードのジャケット:H&M
ウルトラライトダウンジャケット:UNIQLO
ボーダーのハイネックプルオーバー:UNIQLO
テーパードのブラックデニム:H&M
黒×グレーのボーダーニットマフラー:GAP
黒い型押し革のバスケットシューズ:NIKE エアージョーダン