IMG_9648おそらく私は、そこからはとても遠いところにいるわけです。

モノにあふれた生活をしてきました。
そして人に対しても、消費を煽ってきました。

まあたとえばこのブログだって、ミニマムライフを実践しようと思ったら、毎日ほとんど同じような服になって、たぶん成立しなくなりますね。

どうなんでしょうね。

持続可能な社会を求めて、とか。
LOHASだって、提唱され始めてからもう20年になります。

資本主義の本質が、拡大と成長にあるとするならば、確かにもう無理というか、それでは人々はもはや幸せにはなれないと考え始めているのかなとも思います。

でも、日本という国家は現在、そういうスタンスには立っていません。
物価は上がらなければいけない、総生産は増え続けなくてはいけない、借金は増え続けてもかまわない、そして国民はもっと働かなくてはいけない。
人口は、どんどん減っていくけれど。

なんのために?という視点が抜けているのかな。
あるいは、誰のために。

たとえば、働くということ。

日本人の古来からの労働観は、共同体の中で自分の役割を果たしつつ、労働によって自らを高めていくというものでした。
だから、働くことはそれ自体が喜びでもありました。

それに対して西欧の労働観は、エデン追放で背負った神の罰であり、契約に基づく苦役です。
だから、楽なほうがいい。
究極は、人に働かせてそれを収奪することに行き着きます。
 
社会学者のレヴィ・ストロースは、日本の下駄職人は、仏像をつくっている気持ちで下駄をつくっていました、と言っていたそうです。 

一億総活躍が、一億総収奪対象化ではないことを祈ります。

このブログの話に戻せば、半ばデッドストック化していたワードローブを総動員して総活躍させています。
服たちは、たぶん喜んでくれていると思っています。

話がミニマムライフとはだいぶ違うほうに行っちゃったかな。

写真1

データ
ニットのコート:ニコルクラブ
グリーンの厚手フリース:Nidecker
黒いフード付きの布帛シャツ:H&M
グリーン×白チェックの麻ストール:不明
ライトグレーのストレートジーンズ:UNIQLO
黒いバックスキンのスニーカー:アディダス

注1  日本の下駄職人は~ 「日本の文脈」(角川書店刊)より。尊敬する内田樹さんと、これまた尊敬する先輩であり友人でもある中沢新一さんの対談です。